パラグアイの日常,  南米移住生活

海外の年越しってこんな感じ

Pocket
LINEで送る
このエントリーを Google ブックマーク に追加

遅れましたが、明けましておめでとうございます。
マウスの調子が悪くてマウスが使えなくなってしまっていたので新しく買いました。
マウスは日本で買ったワイアレスのものだったんですが3か月くらいしか使ってないのに壊れたようです(*_*)
 
パラグアイのシウダーデルエステは南米の秋葉原と呼ばれているくらいけっこう電化製品の品ぞろえがいいので近くてよかったです(^-^;
 
 
 
 
 
 
さて、海外の年越し&お正月ってどんな感じ?と気になる方も多いのではないでしょうか。
 
国が違えば年越し&お正月の過ごし方も様々。
今回は私が年越しを過ごした国について書きました。
と、言ってもバリ島とパラグアイくらいですね笑
 
 

バリ島編

 
 
私が初めて海外で年越ししたのは8年ほど前、バリ島で、2回もバリでの年越しを経験しました。
バリ島は年中暑くて年末感も全然なくクリスマスが終わってるのにサンタの飾りやツリーもまだありました。
 
この時期は雨季で雨が降ると道が悪いのでそこらじゅう大きな水溜まりができて歩きにくいです。
 
12月31日も昼間は雨が降っていて天気を心配してたんですが、カウントダウンのときに何とか雨は降りませんでした。
 
夕方くらいからクタビーチ付近は車は通行止めになり人がたくさん集まります。
子供も大人もブブゼラを鳴らし、爆竹をあちこちで鳴らしていました。ディズニーランド並の電池で光るおもちゃやらカチューシャやら売られていました。
 
カウントダウン前からクタビーチ付近は人が集まり早くもビールやアラックというバリ島の焼酎のようなお酒をオレンジジュースやコーラで割って飲む人たちでいっぱいです。
 
そして、カウントダウン。
日本だったら正確な時計に合わせて3,2,1と数えると思いますがこちらでは適当笑あちこちでフライングカウントダウン&花火が上がります。バリ島のカウントダウンのおもしろいところは観光客も現地人も一緒に楽しめるところ。
 
カウントダウンが終わったら旅行者はだいたいクラブやバーに流れます。普段なら500円くらいで入れるクラブがニューイヤーの時は3倍くらいの料金になってました。
それでも混んでましたね。そりゃー、いつもよりお祭り気分だし旅行者は多少高くても気にしませんからね。
 
12月31日のカウントダウンはそれらしいけど翌日の1月1日はもう通常通り。
お正月感は全然ありません。
 
多少お店は閉まっていた印象ですが観光地なのでお土産屋さんとか飲食店は普通に営業していました。
 
 
 
 

パラグアイ編・パラグアイ人の場合

南米のパラグアイではどうでしょうか。
クリスマスがニューイヤーと同じような扱いで親戚で集まりかなり盛大に盛り上がりますが、ニューイヤーもやります。
 
他の地区ではわかりませんが、エルナンダリアスのカウントダウン&ニューイヤーでは大きなドラダという黄色い魚を玉ねぎやトマト、ニンニク、塩コショウを入れたソース、チーズを乗せて焼いたものを食べるようです。
※彼の町は湖や川が近いので新鮮な魚が手に入りますが、もしかしたら他の町ではただのバーベキューかもしれません。
 
 
私は2年前のパラグアイの年越しで初めて淡水魚(川魚)を食べたんですが、意外と淡白で身は柔らかく美味しかったです。こちらの人は家族や親戚が多いのでこれくらい大きい魚じゃないと間に合わないでしょう。
 
夕方からみんな飲みはじめ、カウントダウンのころには出来上がっています。パラグアイでも一応花火はありますが日本の花火のように特にキレイではなく音だけです。
 
 
そういえば、クリスマス前くらいからそのへんの子供たちがしょっちゅう爆竹を鳴らしてて正直かなりうるさかったです。
アパートは壁がひびくせいで突然鳴ると本当にびっくりします。
でも、こちらの親は特に注意しないようです。
 
週末になると夜中にも関わらず大音量で音楽を鳴らしながら走る車、うるさいバイクが多くてかなりストレスになります。
 
さて、カウントダウンが終わり日付が変わったころエルナンダリアスに唯一あるクラブ(こちらではディスコテカと呼びます。)に行きました。
ただ、この日はけっこう大雨でそのせいかクラブでも何度か停電しました(^-^;パラグアイは大雨降るとよく停電します。
 
だいたいはすぐに復旧しますがたまに3時間くらい停電することもあります。
昼間ならまだいいですが、一度夜ご飯作っているときに停電して真っ暗な中料理したことがあります笑
 
まあ、ぶっちゃけクリスマスと過ごし方はほぼ一緒ですね(^-^;パラグアイに限った話じゃないですが、海外で家庭料理をごちそうになったことは他の国でもあったんですが食事のレパートリーが少ない。。。
 
野菜や肉の種類も豊富なのにだいたい同じ調理法しかしないんですよね。
めんどうだからなのか、他に知らないのか。たぶん両方でしょう。
 
今年というか去年のクリスマスに彼の親戚の家に集まったとき、私も軽くおつまみでも作ろうと、クラッカーにゆでたまごとマヨネーズで和えたもの、ツナマヨ&しょうゆで和えたもの、もう一つはクリームチーズとガーリック、玉ねぎを炒めて和えたものをトッピングして出したらみんなが美味しいと評判だったんです。
 
ぶっちゃけこんなの料理とは呼べないけど人の家のキッチンをあまり汚すのも迷惑かなと思いすべて家で作ってあとはトッピングするだけの状態で持っていきました。
後日、親戚の方からメッセンジャーで連絡が来て、「この前のクリスマスで作ってくれたあれはどうやって作ったの?」と聞かれました。
 
めちゃくちゃ簡単なので使った材料を言ったら「分量はどのくらい?」と聞かれました。
基本、私は目分量なのでまさか分量とか聞かれるとは思いませんでした。
でも、料理なんてそんなものですよね?お菓子作りだったら量り使うけど普段の料理って適当に調味料入れて味見して足りなかったら足すって感じですよね。
 
あ、そういえば基本的にパラグアイ人は濃い味付けが好きなのでエンパナーダとか普通にまあまあ濃い味なのに更にケチャップマヨネーズをつけるんですよね。なのにマンディオカ(ユカイモを蒸かしたもの)やパンは何もつけずに食べる不思議笑
 
 
 

パラグアイ編・イグアス居住地区の場合

 
今年の年越しは日本人がたくさん住んでいるイグアス居住地区で過ごしました。
アスンシオンらぱちょで知り合ったペルー在住のまことさんという方が年越しはイグアス居住地区で過ごすとのことで最初はどうしようかなーと思っていたんですが最近彼とケンカも多いしエルナンダリアスにいてもバーベキューして飲んで踊ってと変わり映えしないし彼もたまには違う文化に触れたほうがいいのではないかと思い、行くことにしました☆
 
泊まったのはイグアス居住地区にある有名なホテル、福岡旅館です。
 
実は2年前のゴールデンウィークにパラグアイに行ったとき、彼とイグアス居住地区に行ったんですが、ここの併設してる日本食レストランに行ったことがあったんです。
 
なんと、女将さんもそれを覚えてくれていました。
 
ただ、この日は大晦日ど真ん中。
そのせいなのかいつもならエルナンダリアスのバスターミナルから41km地点と言えばそこで降ろしてくれるんですが、なぜかこの日は乗車拒否!
 
 
はあ?なんで??
てかぜったい他のパラグアイ人は道端の何もないところで乗り降りするでしょうが!(-“-)
 
意味がわからない。たぶん年末でバスも混んでいるから?
 
なので、普通の路線バスでシウダーデルエステのキロメトロ クワトロ(4km地点)まで行き、バスを乗り換えて行きました(+_+)
※パラグアイではバスターミナルのないところでは○○kmという呼び方をします。
いったいどこから数えて〇kmなのかよくわかりませんが。たぶん国境からかな?
シウダーデルエステのセントロは国境のすぐ近くなので。
 
時間かかったし納得いかないけどまあ、そのほうが安く行けるからよかったと思うことにしました。
 
予定よりは遅れましたがなんとか暗くなる前には着いて部屋を案内してもらいました。
私たちの目の前の部屋がまことさんの部屋でした。
 
「こんにちわー!」
 
まことさんと知り合ったのはつい2か月くらい前のこと。
一度しか会ってないのに全然そんな感じがしない。
 
まことさんは昔、ブラジルで日本食レストランをやっていて15年も住んでいたそうです。
ペルーにはまだ半年らしいですがとにかくアクティブ!
 
もう50歳って言ってたけど見た目も若いしコミュニケーション力が高いと思いました。
 
ああ、こーゆう人が海外で成功するんだな。
直感でらぱちょにいたときに思いました。
 
この日は天気も良くかなり暑かった。。。
「ビールでも飲む?」と言われ、3人で福岡旅館のレストランで早くも飲み始めました。
 
まことさんはポルトガル語スペイン語もペラペラです。
なので彼との会話もいつもよりスムーズでした笑
 
まことさんもとにかくが強い!
何でも飲むようです。
ビールをご馳走になったかわりに私たちが持ってきていたワインでサルー!(乾杯)
あっという間に2本空きました笑
 
20時過ぎくらいになるとイグアス居住地区に住んでいるまことさんの友達も集まってきました。
 
みんなで写真撮れば良かったですがこの頃にはだいぶ飲んでいて忘れてました。
ぎょうざ焼きそばも食べられて満足でした(≧▽≦)
まことさん、ごちそうさまでした☆
 
この日は大晦日だったのでお寺で年越しそば除夜の鐘をつけるとのこと。
すごいすごい!日本でも除夜の鐘ついたことある人なんてあまりいないんじゃないかな?
 
拓恩寺
 
 
お寺には和尚さんもいてお寺もけっこう本格的でした。
まだできて数年って言ってました。
24時前になるとみんなで本堂の中に入り、お焼香をあげて。。。来てるのはもちろん日本人ばかり。
パラグアイにいるということを一瞬忘れそうになりました。
 
除夜の鐘ついたのは年が明けてからでしたが・・・しかも、せっかく除夜の鐘をつく順番のくじびきが配られたのに思ったより来た人が少なくてひとり2回つけることに笑担当のおじさんも
「一回つき終わったらまた1から始めますよー!」
なんて言ってたんですが、めんどくさくなったのか
「もう順番関係ないから並んで下さーい!」
とか言っちゃって笑
 
そーゆうところはパラグアイですね。イグアス居住地区では花火もそれほどうるさくなく厳かな年越しでした。彼も少しは日本の文化がわかったかな?
イグアス居住地区の人はスペイン語もぺらぺらだし、なんならグアラニー語を話せる人もいるくらいだから彼もコミュニケーションはとれてたみたいです。
 
それにしてもこの日は良く飲んだ!実はその前日まで胃腸炎っぽくてほとんどあまり食べれないくらいだったんですが病み上がりのわりにはかなり飲めました笑そして、和尚さんに気になる一言を言われました。酔っぱらってたので細かいことは覚えていませんが
「彼はあなたがなんで怒ってるかわかっていないんでしょ?」と。
「でもここはパラグアイなんだから。もっとのんびりしたほうがいいよ。」というようなことを言われました。
 
和尚さんはたぶんスペイン語がしゃべれないようで
「本当は彼にも言いたいんだけど言葉がわからないから。」と言っていました。
すごいな、初対面でほぼ会話もしてなかったのに見抜いているなんて。
 
たしかに。ここはパラグアイ。わかっていたつもりだった。でも、最近色々と細かいことが重なってイライラの限界に差し掛かっていた。
何回言ってもわかってくれない。そもそもわかりあうこと自体無理なのか。
何かを妥協しないときっと壊れるんだろう。
 
そもそも前回一緒に住んでいた時からけっこうイライラすることはあった。
それでもなんでまたパラグアイに戻ってきたのか。逃げの気持ちも強かったかもしれない。
 
一度日本に戻ればそれなりに幸せだった。だけど最近はひとりでいることに慣れ、休みの日はひとりで家でDVDを見たり買い物にいったり一人だと自由に使えるお金もあるしそれほど贅沢はできないけどそれでも主婦よりはきっと欲しいものを買えていたと思う。
 
普段はそれでも全然よかった。でも夜とか時々ふとさみしくなるんですよね。
私はこのままずっと独身でいいんだろうか?
周りはどんどん結婚して子供できてfacebookも最近みんなこどものことばかり。
 
自分も子供ができたらそうなるのかもしれないけどなんだか取り残されたような気持ちにもなっていました。
そもそも私は結婚したいのか?それさえも最近よくわからなくなってきました。
独身だって幸せな人はたくさんいる。
 
何度も考えた。私はどうしたいのか?本当に彼と結婚したいのか。
でもイマイチ踏み切れない。
とにかく今は永住権とれるのを待って自分で商売してみようと。
 
もちろん彼の助けも必要だからそれで稼いだ分は2人のお金として貯金して。それがうまく軌道にのれば結婚も考えられるかな。
 
なんだかニューイヤーの話から逸れてしまいましたがそんな感じで終わりたいと思います。
 
 
 
 
 
 
ブログランキングに参加しています!
応援よろしくお願いします☆

にほんブログ村 海外生活ブログ 海外移住へ
にほんブログ村

 

にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛体験談へ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です